2008年5月10日 (土)

その後。

またもや書き込みをさぼってしまった。。本当に久しぶりの書き込みです。coldsweats01

知らぬ間に、このブログを見てくれている方が増えていたconfident

仕事の方は慣れないデスクワークの上、今まで知識のなかった分野で、現実逃避か毎日睡魔と闘っている気がしますsweat01でもまあ、上司に恵まれ、人間関係もよく、残業も程々で、申し分のない職場だと思います。とにかく1年間、がんばってみます。その先のことはそれから考えようかな、と。

体調の方は心配材料が残ります。ってか、自業自得なんですが、うつがよくなってきて、ついつい薬を飲むのを忘れちゃうのよsweat02そのせいか、肩こりのせいか、一時期毎日のように頭が割れそうなほどガンガンしていて、仕事もしんどかったな。パキシルは急にやめると一気に症状がもどっちゃったり、頭痛がしたりするらしいからね。

この間の診察で、やっと、「次回調子が変わらなかったら、薬の量を減らしていきましょう」と言われたばかりなのに。。。いやん。どーしよー。

パキシルを飲み始めてもうすぐ1年間。この間の通院費や薬代は、どうしてくれるんだろう。○村○作さん。あなたですよ、病気のきっかけは。なぜあなたは今も30歳にして年収1000万をもらいながら働けているのですか?しかも本まで出版して。訴えてもいいですか?あなたは1年間で3人も精神的に追い込みました。その罪は問われないのですか?人の人生をだめにして、謝れないのですか?

こんな自問自答を未だに繰り返しています。夢にもまだ出てきます。この現状をなんとかしたくて、自分の思いを○村○作の奥さま宛に手紙を書いてみましたが、もちろん、送れていません。

どなたか、何かいいアドバイスがあったら、教えてください。

ま、そのことを除いては、元気にやっています。

来月はラフティングに行く予定。それを楽しみにがんばろーup

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2008年3月17日 (月)

ステップアップ転職。

長らく書き込んでおりませんでした。私のサボリ癖はどうも治らないcoldsweats01

え~、タイトルの通り、転職することになりましたhappy01 でも、後ろ向きな転職ではないですよー。

脱・派遣社員と思って、昨年11月頃から転職活動をしておりました。派遣で今やっている仕事は好きだし、居心地もいいけど、ボーナスでないし、もともと社会復帰のリハビリのつもりだったのに、このまま居座ってしまったら、派遣しかできない30代になってしまうと思い、がんばりました。

…といっても、民間でまたバリバリ働きたいという気持ちとは裏腹に、まだ自分の体調など、自信がもてなくて、大学に絞って就職活動をし、某有名私立大学と公立大学2つの内定をGETしましたcatfacescissors

大学職員志望の人にとったらそんな贅沢な状況にも関わらず、最後まで民間に戻ることも含めて、さんざん悩みました。最後は、今の現状と、せっかく10倍・20倍の倍率をくぐりぬけて受かったという縁も踏まえた上で、一番自分らしい進路を選んでみました!

まず、派遣の更新は断ってしまったから、4月には職がないと、生きていけない。その現状から、民間という選択肢は一時お預け。もっている内定2つの中で、悩み、

①給与はそこまでよくないけど、長く働けそうでのんびりした雰囲気

②そこそこの給与で、私学の最先端の大学で新たな分野(人事部)にチャレンジ、次の転職のステップアップにする

という中で、より私らしく、後者を選びました。

次の転職を前提とするわけではないけど、契約職員なので、最長でも3年勤務のため、31歳で無職になっても、次の仕事につけないと意味がない。人事の経験を積んだら、大学ではなくても、民間でもつぶしがきくだろうし、最先端の大学で働いてみて、「やっぱ大学は合わないわ」と思ったら、1年契約で民間に戻れば、ぎりぎり20代でなんとか正社員復帰できるだろうという考え。年上のステキなキャリアコンサルの女性の方にお話を聞いて、そのようなアドバイスや選択肢整理をしていただいて、やっとスッキリ自分の進路を決められました。

私の相談にのってくれた、すべての方に、本当に感謝confident

その中で、最近気づいた私の長所。

『自分の人生(=キャリア)について、真剣に考えている』

ということ。

自分では、自分の人生なんだから、真剣に考えて当然だと思っていたけど、その姿勢が褒められることが多かった。「そんなバイタリティある人に久しぶりに会った」とか、「なんでそんなに向上心があるの?」とか、「楽な方に逃げないのがすごい」とか言われて、気づいた。

ちょっとしたことでもサラーっと流せないで、真剣に考えてしまうからこそ、うつ病になったのかもしれない。でも、自分に正直に、自分の人生のためにがんばるって大事なことだし、そんな自分も嫌いじゃない。

少しずつ、うつになってしまった自分のこと、認めてあげられるようになってきたのかな、って思う今日この頃ですclover

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2008年2月16日 (土)

☆うつ生活1周年☆

正式にうつと診断されたのは、3月下旬だったけど、うつらしき症状が出たのが、去年のちょうどこのくらいの時期だった。もう1年も経っちゃったよ。あっという間だった。

去年の2月頃から、上司の私への態度が変わり、私が話しかける度にうんざりした顔をされていた。何を言ってもイライラされていて、彼と話をしなくちゃ進まない仕事がたくさんあるのに、話しかけるのが怖くて仕方なくなっていた。それから思うように仕事を進行できなくなり、夜中まで会社にいて、泊っちゃうことも多くなったな。大きなプロジェクトの大詰めだったせいもあるけど。

その時期、もう辞めてしまおうかと何度も思い、チームリーダーに相談したりもした。でも、その度に止められ、例の上司にも苦手意識を持たずに話しかけてみなとアドバイスされていた。

休みを迎えて彼氏と過ごす度に会社に行くのがいやになり、よく泣いていたな。それが段々ひどくなっていって、新宿駅の構内で彼氏と別れるときに「明日会社に行きたくない」と号泣しちゃったりして、休み明けは自宅からでは出社できなくなってきて、彼氏の家に一緒に帰って、翌朝朝早く出る彼氏と一緒に家を出るようにして、会社に無理やり向かっていた。でもついにそれも効かなくなり、彼氏の家で一緒に起きれなくて、先に出てもらうようになり、そのまま会社を休んじゃうようになって、その時に、「もうダメだな」と思って、病院に行く覚悟をした。

彼氏の家でネットで病院を探し、当日予約でも見てくれる病院を探した。なおかつ、夜遅くまでやっていて、土日も診療しているようなとこを探した。精神科、心療内科って、気をつけないととんでもない医者もいるから、姉に病院に行くことを言ったら、たまたまその日休みだったから、心配してついてきてくれた。

何も知らなかった私は、知る人ぞ知る、悪名高い、新宿にあるTクリニックを選んでしまっていた。HPの感じがよかったから。でも、病院についてみたら、入口はビルの裏手で、待合室も狭くて清潔感がなく、なおかつ、目が危ない感じの人が多くて、姉と帰ろうかと相談したが、とりあえず、わらにもすがる気持ちで診療を受けてみた。

大した話も聞かずに、木の絵を描かされ、「現代人に多い軽度のうつ症状ですね」と言われ、特にアドバイスもなく、薬だけが処方された。後でいろいろわかったんだが、そこの院長は患者に暴力をふるって事件になっていた。その後、簡単に処方してはいけない、依存性の強い薬を簡単に出していることが判明し、役所の調査が入るかなんかでニュース沙汰になってましたね。

私がその病院に行ったのは、結局1回だけ。心が風邪をひいているようなもので、処方した薬を1週間くらい飲めば、気持ちが落ち着くから、とだけ言われていた。何を飲んだいたのか覚えていないのが、今思うと危ないんだけど…。

うつの話は、チームリーダーにだけはしてみた。そうしたら、たまたまその人の旦那さんも少し前にうつになっていて、理解してくれた。でも、このとき、私は会社に言ったり、休職するという選択肢を考えていなかった。

理由は3つ。

1.医者が信用できず、相談する気になれなかった。

2.うつは単なる甘えで、病気とは認めない会社だった。

3.「うつ」ということが知られたら、いつか会社を辞めたら行こうと思っていた留学に行けなくなるから。

でも、ちょうどそのタイミングで個人営業の成績が落ちっぱなしの私に、新規部署の立ち上げの話が来た。私は個人営業が向いていないから、と負け犬のように異動するのがいやで、「もう少しやらせてくれ」と言ったものの、成績達成のための計画書が通らず、法人営業をすることになった。

しかし、そのときはそれがよかったのか、一時的に仕事量も減り、精神的に楽になって、薬も飲まず、病院も行かずにしばらく様子を見ようと思った。

ただ、新しい部署は私一人で、例の上司とマンツーマンで仕事をしないといけなかった。だんだん忙しくなってきても、ひとりで抱え込んでしまい、みんなすごく忙しい会社だったから、助けを求めることもできなかった。

毎日毎日、ときには宛てもなく、飛び込み営業をしながら、日中は無理矢理でも外に出された。夕方にかえってきて、事務処理をしたり、企画書を作ったり、メールをしたり。だんだん、前のように、会社に泊まることが多くなっていった。

そのころ、だいぶひどくなってきていたのか、営業で外に出る度に、「死にたい」と考えるようになり、携帯で自殺名所を探したりしっちゃっていた。会社に戻るのも嫌で、上司の顔を見たくなくて、夕方遅くまで外を歩いていたこともあった。いつ、外回り中に電車に飛び込んでもおかしくなかった。

こんな状況なのに、私が仕事をしていたのは、自己満足かもしれないけど、お客さんが大好きだったから。私が大好きな国で留学を経験してほしかったから。私を信頼して留学を申し込んでくれたお客さんを残して辞められない、裏切れない、そう思っていた。お客さんから、「留学に行ってよかった」、「○○さんが言っていた通りの素敵な国だった」、「あなたが担当でよかった」、そう言ってもらえることが何よりもうれしくて、何よりもやりがいを感じられる瞬間で、それだけで、がんばっていた。

個人のお客さんだけでなく、その前に努めていた大手旅行会社の上司に紹介してもらって、自分の古巣とも仕事をしていたから、そこの人たちに申し訳ない、誰にもこの企業を渡したくない、そんな思いも強かった。

たかが仕事、そう思う人もいるかもしれないけど、私は自分の顧客に対する思い入れが良くも悪くも人一倍強かったんだと思う。

話がそれちゃったけど、そんなひどい状況の中、6月に古巣の会社の北海道営業が控えていた。しかも、大先輩だらけの支店長会議に出させてもらうという、一大イベント。だから、どんなに具合悪くても、それだけは、こなさないと、という気持で会社に行っていた。

今思うと、信じられないけど、本当に寝ながら歩いていた。駅から会社までの10分ほどの道のり、どんなにたくさん寝た日でも、目があかなくて、信号待ちの間に立ったまま寝て、青になって歩き出しても目があかず、半分以上目をつぶったまま歩いていた。今だから笑える話だけど、ただの危ない人だよね(笑)

もうどうにもベッドから出るのも大変になっていたから、北海道出張前に体調を崩し、プレゼンの資料もできないまま、会社を休んだりしちゃってたけど、出張直前に会社に2連泊して、なんとかすべてを仕上げ、寝ないで羽田に行った。

出張に行ったら、古巣だけあり、どこか仲間意識があるのか、向こうの支店長たちがかわいがってくれて、夜飲み会まで開いてくれた。完全に病んでいた私は、「あぁ、またこんなやさしく迎えてくれる、この会社に戻りたいな」なんて、考えながら、二日間の出張をこなし、一日オフを函館ですごし、東京に戻った。

そこからの話は前に書いたかもね。翌日古巣の東京の大事な店舗での留学説明会があって、でも朝から気持ち悪くて、なんとかお昼に出社。やっとの思いでプレゼンをこなし、帰ってきてから会社でダウン。嘔吐がはじまり、タクシーに乗って帰ることもできない。おまけに、やらなきゃいけない報告書関係もできていなかったから、そのまま夜中まで会社にいたな。上司と連絡とれなくってさ。

その翌日から、会社を休み、7月3日に前から気になっていた銀座の女医さんの病院の予約が取れていたのに、上司からの抑圧的なメールに負け、荻窪の当日予約OKの女医さんの病院に行った。「もう休んだほうがいい」と言われ、そこから休職に入りました。

この辺のいきさつや、その後の傷病手当については前に書いたと思うし、すげー長くなっちゃったから、この辺でやめておこうかな。

うつになって1年が経とうとしていて、思い返して思いつくままに書いてみました。2周年は迎えないようにがんばろうと思う。

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2008年2月13日 (水)

うつ闘病…その後

久しぶりに書き込みます。2ヶ月近く書いてなかったけど、生きてました。

2007年を振り返ってとか、2008年の抱負なんて書いちゃおうかと思っていたけど、今更になっちゃった。

2007年最後に、仕事の物足りなさに負けて、何を思ったか、ワンコ買っちゃった。ロンチ。仕事は楽しいけど、派遣という、誰にでも代われる立場が寂しくて、何か私を必要としてくれるものが欲しかったんだろうね。犬を飼うのも初めて、しかも、ペット可ではないマンションでこっそり飼っているけど、かわいくて仕方ない。毎日癒されています。

病院は未だに1ヶ月に1回くらいのペースで通っています。もちろん、薬も続けてますよ。早く、終わりにしたいな。

2008年に入ってから、派遣社員を脱すべく、就職活動を始めました。またバリバリ働きたいけど、まだ自分の心身が心配で、自信がなくって、結局、のんびりしている今と同じ職種で。

色々と社会で苦しんだおかげで、あんなに新卒のときに人前で話したり、本番に弱かった私が、なかなかの出来で面接を乗り越えることができるようになり、ただいま契約職員だけど、2校に内定しています。これから、条件をよくよく検討して決めるつもり。4月には脱派遣社員、決定です。

こんなめでたい状況であるのにも関わらず、先日、仕事で訪問した会社で久しぶりに女性がバリバリ働いているのを見たら、血が騒いでしまった。でも、どこか、ブレーキをかけてしまう自分がいて、どうにもこうにも自分の気持ちが収められなくて、その夜、職場の人と飲んだら、大した量を飲んでいないのに、記憶がキレーに飛んでしまった。過去に家に帰ってきてからリバースすることはあったけど、初めて1軒目のお店でリバース。この年で姉が迎えにくる始末。どーしよーもない(涙)

何か、自分の中でたまっていて、浄化できないものが未だにあるんだよね、きっと。これを乗り越えられなきゃ、前に進めない気がするな。

さてさて、話は変わって、明日はバレンタイン。彼にはもうあげちゃったから、明日は日ごろお世話になっている職場の女性陣に流行の「友チョコ」でもしようかな。今からササッと作ろぉー。

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2007年12月25日 (火)

メリークリスマス☆

今日はクリスマスですね。

我が家では一昨日クリスマスパーティーをしました。職場の近くのおいしいと評判のケーキ屋さんでケーキを予約し、モスチキンとシャンパンを買い、家でサラダ、クラムチャウダーを作って過ごしました。ケーキ、おいしかったなぁ。

去年のクリスマスは何してたかなー。記憶がない…。仕事してたのかな、かろうじて休みだった気もするけど。。。ま、いっか。

クリスマス当日の今日は、本年仕事最終日。

本当に色々あったけど、こうして働いていることができてよかったな。今日一日がんばろー。

みなさんもステキなクリスマスを☆★☆

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2007年12月20日 (木)

年末。

ですね、あっという間に。しばらく書き込むのを忘れていた。

風邪はバッチリ治りました。でも最近不安なのは、うつの初期のころのように、やたら眠いんだよね、朝。また出社拒否かしら???そうでないことを祈るばかりだが、職場についても午前中は眠過ぎて仕事にならないくらい。大丈夫かなー、私。。。

ま、あと2回会社に行けば長ーい冬休みに突入するんだが。ながーく休みを取れるのは本来ならこの上なく嬉しいんだが、派遣であることを忘れちゃいけない。その分、給与が入らないってこと。いやいや、アルバイトとなんら変わらないからね。苦しいわー。年末年始の日雇いバイトでもしないとなー。

年始は約2年ぶりの海外旅行。楽しみだわー♪前は短い休みを最大限に利用して、1年に2~3回は海外に行っていたからな。お金ないのに、もう待てなくて、勢いで決めてしまった。

行き先は台湾。学生時代に英語圏に短期留学したんだけど、もう6年も経つのにそのときのクラスメートとチャットしたりメールしたりしていて、その子(台湾人)が案内してくれる。久々に英語を話さなきゃいけないんだが、大丈夫かな。すごい心配。台湾人の友達のほうが英語ペラペラだからね。私は日常会話一歩手前くらいしか話せない。がんばらねば。

取り留めのない文章だけど、近況でした。

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2007年12月 4日 (火)

後悔。

またやってしまった。。。やろうやろうと思って、後回しにしている間に、手遅れになってしまった。後回しにしていたのは、自分の今の状況をどう説明していいかわからなかったから。でも、一通、メールくらいできたはず。

私には、大事な大事な人(♀)と大切な約束を2つしていた。彼女はきっと、それを達成するために必死に頑張っていた。でも私は、2つとも約束を果たすことができなかった。うつになって、約束を果たすことが難しいとわかった時点で、メールをしようと思っていた。でも、色々な事情があり、今の私の状況を伝えていいのかどうかわからなかった。

だから、考えないようにしていた。でも、もう彼女が約束を果たして帰ってくると思い、2つのうちの0.5個でも達成できればと思い、慌ててメールをしてみようと思ったが、もう既に彼女は帰ってきてしまっていた。それも昨日。

なぁーにやってんだ、あたい。。。自己嫌悪中。。。。。。

ますます連絡しづらくなっちゃったけど、謝りの連絡をしよう。それで許されるとは思わないけど、人として…ね。

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2007年12月 2日 (日)

回復せず・・・

おかしい。。。体調がなかなか回復しない。。。この3日間しっかり薬を飲んで寝続けていたのに。。。

高熱は何とか下がったものの、ひどい頭痛と下痢が治まる気配がまるでない。下痢止めの薬は一体何を止めてくれてるんだ??確かに、食事をしてから腹痛がくるまでの時間は徐々に長くなっている気はするが、便が硬くなる気配もない。。。って、汚い話ですみません。

回復力が遅いって、もう年なのかなぁー。それとも、休職中にだいぶ体が弱ってしまったのかしら??

明日会社行けるか微妙だわ。とりあえず、下痢が治まりません、って病院に行かなきゃね。栄養摂取できず、死んでしまうわ(笑)

今年の風邪はお腹にくるようなので、皆さま、お気をつけて。

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2007年12月 1日 (土)

ダウン…。

久しぶりに完全ダウンしました。

木曜仕事中からブルブル震え始め、頭痛もして、関節も痛くなってきて。。。帰宅後熱を計ったら、37.3度。翌日金曜日だけ仕事行けば休みだから、多少の熱なら行こうと思っていたものの、朝起きたら37.8度。さすがに休みました。

うつの薬の副作用で便秘で困っていたんだが、今度は下痢。病院に行ったら、幸いインフルエンザではなく、風邪と風邪から来る小腸炎だった。昨日は下痢止めを飲んでも全く効かず、お粥を食べた3分後には腹痛が来てそのまま出してしまうという、栄養を吸収できてない状況が続いていました。

解熱剤も一時的にしか効かず、昨日は最高で38.8度まで上がった。この歳でこの高熱はさすがにしんどい。脳ミソ溶けちゃうんじゃないかと思ったよ。

今日になって少しずつ回復してきたけど、月曜日に間に合うかな。。。熱も午後になってやっと、37.2度くらいに落ち、お腹の調子も少しはよくなってきたかな。

早く元気になれますよーに★☆★

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2007年11月27日 (火)

再起。

今日知ったこと。

私が今憧れてるとある女性が、実は20年くらい前にうつになっていたことが判明した。ご自身がそう話してくれた。

その方はとある業界では有名な方で、起業もしていて、「かっこいーなー、私もあーなりたいなー。強そうだなー」と思って接していた。その方が同じ病気を経験していたなんて、思ってもみなかった。
驚きと同時に、どこか安心した自分がいた。今こんな素敵な人でもそんな過去もあったんだって思った。

正直、自分自身この病気を恥ずかしいと思っていた。別に全面的に出す必要はないだろうが、これから隠していかなければならないと負い目を感じていた。
前の上司の対応もあり、自分がダメな人間、この先社会で生きていけないんじゃないかと不安を感じたりもしていた。

もちろん、その方と私は能力的にも違うとは思う。でも、うつになっても自分次第でまだまだやり直しはきくんだな、と思えた。改めて頑張ろうって思えるきっかけになったかな。

少し前に職場でたまたま耳にした言葉。

「過去と他人は変えられない。でも未来と自分は変えられる。」

その通りだよね。確かに他人を変えることはなかなかできないよね。それから、うつになってしまった過去は消し去ろうとしてもどうしようもない。それなら、その過去を受け止めて、これからの未来に向けてパワーを注げばいいんだよね。他人ではなく自分自身と戦って、より素敵な未来にしていけばいい。

自分のことをもっと信じてあげて、もっともっと好きになりたいな。

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